1. 福島第一原発で起きていることに、そっくりそのままあてはまる
     
  2. (Source: ayumaroojah)

     
  3. 氷河期の恐ろしいところは
    政府も企業も「いやな年だったね」で流してその世代には何のチャンスも補償も与えないところ
    全く同じ経歴を歩んでても数年の差で人生の明暗が分かれる
     
  4. つまり、あの時のアメリカは「ひとつになろう」ということになって・・・そしてそのあとは歴史が語っている通りのザマになったわけだ。だから、俺は「ひとつになろう」という言葉が嫌いなんですよ。団結も連帯も大切なことだが、それが嫌な方面に行った時に誰が歯止めをかけるのか。


    今必要なのは「ひとつになろう」よりも「いまあることを、よ~~っくみておけ。忘れるなよ。そして岩手・宮城・福島・茨城・浦安市を見捨てない」ということだ。
     
  5. ルンバで福島原発の放射性物質をお掃除するのは楽しそうだが、実際ルンバを買って家で使ってる人からは「ルンバが引っかかって止まらないよう物を片づけるのが人間の仕事」とも聞いている
     
  6. ytsunetsune:

petapeta:

monoprixgourmet:

nemoi:

thinkupstudio:

gkojax:

16493:

ipodstyle:

makototz:

theemitter:

yu5yam:

pdl2h:

ak47:

thinkupstudio:

subdub:

yellowblog:

horomoku:

平和通り
     
  7. 日本で「経験がないから」「資本金がないから」「十分な技術がないから」起業できない、と言ってるのを見るにつけ、私はバングラデッシュの女性たちが、同じ理由で起業できずいつまでも貧乏なままだったのを、グラミン銀行が「マイクロファイナンス」を始めたことで、機織りとか籠あみで起業できるようになり、村の経済が活性してきたのを思い出す。
    (日本の「起業しにくさ」は途上国レベルだって話デスよ。)
     
  8. 僕が言いたいのは「followersなんか無視して好き勝手言え」ということではなく「followersなんてミクロな単位を気にする前にまず自分のポストがインターネットというマクロな空間に放出されているということを意識しましょう」ということですよ。 [941SH]
    — Twitter / めいぼうじんく(6) (via reretlet) (via sihuto) (via yudaimori) (via konishiroku) (via sukoyaka) (via yaruo) (via gkojax) (via maybowjing) (via salz)
    2010-02-24 (via gkojay) (via petapeta) (via sunshinerecorder) (via karlmcbee) (via darkfantasy) (via ayumaroojah)
     
  9. ある料理店の大将から聞いたが、福島の海に原発から放射性ヨウ素が流れたというので、築地では、東京湾や三浦半島の魚まで買い控えで暴落だって。バ カの底が知れないね。
     このまま海に放射性物質が流れ続ければ、何年か経って、食物連鎖の上位に いる魚に、濃縮されていく可能性はあるが、いま、東京湾や三浦半島の魚まで 危険だと思うのは、無知に発する差別。
     そんなのが危険だと思うなら、東京湾の魚の水銀を怖がるべきだろうが、江 戸前の魚だといって珍重してきたんだもんね。
     放射能が怖い怖いという癖に、健康の秘訣は、ラジウム温泉、ラドン温泉だ っていうのと同じくらいお笑い。
     タバコを吸ったり、酒を浴びてる奴が、健康被害を心配するのもお笑い。
     こんな有様だから、すでに予言したが、出るよ出るよ。 http://iiyu.asablo.jp/blog/2011/03/16/5741600
    原発報道の不思議、放射線レベル報道のおかしさ で書いた、「黒い雨」のこと、広島、長崎の原爆のあとに日本社会に起きた差 別を考えれば、そして、いまの買い占め、買い控え差別や放射能怖い怖いぶり をみれば、福島出身です、東北出身ですというだけで、あらゆる差別が起きる ね。
     放射能が伝染するから就職拒否、男は精子が、女は卵子が放射能でやられて 奇形児が生まれるから結婚拒否、こういう無知から発する差別が、これから起 きるだろうね。
     放射能より、人間のほうが、よほど怖いよ。
     
  10. 自然界にはもともと多くの放射性物質と放射線が存在する。これを自然放射線と呼ぶ。

     日本の自然放射線による被曝は年間1.5ミリシーベルトと述べたが、1960年代の平均的な被曝量は、これよりはるかに多かった。米ソ冷戦時代で、両国が核実験を繰り返していたからである。

     当時、北半球全域にわたり、空気中のセシウム137やストロンチウム90の濃度は現在の数百~数千倍に及んでいた(UNSCEAR 2000年報告書)。

     もちろんこれは自然放射線ではないが、核実験により、世界中が高い放射線を浴び続けた時代もあったわけで、日々の生活で受ける放射線量は、この程度の幅では健康被害は起こさないと考えられている。

    ※週刊ポスト2011年4月8日号